Scrambled Egg

Kenzoです。映画、音楽、写真、旅が大好きな25歳。なんやかんやと記録していきます。

人生のテーマソングに思うこと

Oasisというイギリスのロックバンドがいる。知らない人の方が少ないくらい有名な伝説のバンドだからいちいち言う必要もないけど、その音楽がもたらした影響はものすごい。

どれだけすごいか、というのは上手い人に任せたいし、できるならその人と飲みにいきたい。とりあえずこの場は、その魅力は筆舌に尽くしがたいというワードで逃げ惑うことにする。

 

とにかく偉大なのだ。

 

当然ながらイギリスの偉大なロックバンドと聞くと、まずThe Beatlesの名が挙がるだろう。The Beatlesももちろん大好きだ。いちばん好きなアルバムはRubber Soulだったりする。

 

Love me doとか、I saw her standing thereとか、素敵な女の子への淡くポップな心を歌う好青年だった彼らは、短いバンド期間の中で大人になり、Let it beとか、The Long And Winding Roadという物悲しい現実を背負いながら歩く心を歌った。

 

どの曲も素晴らしく、今でも新しく、燦然と輝いている。現在25歳の僕でも、父と何度も一緒に聴いたものだ。こうして音楽は語り継がれていくんだろうなと思う。

 

めちゃくちゃ当たり前のことだけど、なにかがはじまったら、そのなにかは確実に終わる。終わったら、その次のなにかがはじまる。物語にはいつか終わりがくる。人はいつか死んでしまうのだ。

 

あれだけ偉大だったThe Beatlesも音楽を作り出せなくなってしまった。Oasisも、Oasisとしてはもう音楽を作り出そうとはしていない。

 

ゆるやかに、時に駆け足で終わりへと向かっていく流れの中で、大切なことはたくさんある。人生を例にしてみると、家族や友達、仕事とか心とか、いっぱいある。価値観はそれぞれ違うけれど、大切だなと思うものは、人それぞれなにかしらあるはずだ。

 

そんな中でも、共通して大切なことはなにかあるだろうか、というところを最近考えてみた。何の変哲もない、何の持ち合わせもない一青年が、突然考えた。意味不明である。たぶん僕はアホなのだと思うが、ちょっとだけ聞いてみていただきたい。

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Photo by me

人は生まれたときから、心の中で一曲の音楽が流れている、という話がある。人の心の中なので聴こえようもなく、それが現代に存在しているものなのかどうかもわからない。愚かものには見えない服なのですと騙されてしまった裸の王様の話が思い出されそうだが、自分の中にはどんな音楽が流れているのかと考えるとちょっと面白いなとも思う。そしてここで思ったことがある。

人生にはテーマソングがあって、それによって彩られる映画なんだな、ということだ。単純に僕が映画が大好きというのが理由の9割9分9厘だけど(オイ)。

 

そのテーマソングは自分で選ぶことになるし、その映画のストーリーも主演も監督もぜんぶ自分だ。ぜんぶ自分でつくりあげる。人生はぜんぶ自分でつくりあげるものだ。

 

だからテーマソングを聞けば、その人の物語を想像することができると思う。そのテーマソングをエンディングに流せるように、人は生きていくのだ。

 

僕の人生のテーマソングは、Oasisの『Dont Look Back In Anger』という曲だ。The Beatlesのメンバーの一人、40歳という若さで凶弾に倒れたジョン・レノンの言葉や、彼の名曲『Imagine』のメロディーをイントロに引用した、Oasisのいちばんの代表曲とも言える一曲である。それがどれだけ世界の人に愛されているかは、筆舌に尽くしがたいというワードで逃げ惑う必要は今回はない。イギリスの国歌だとも言われるほどだと言えば、少しは伝わることと思う。でも同じく好きな人がいたら、飲みにいきたい。

 


Noel Gallagher - Emotional version of Dont Look Back in Anger - Live

 

一番好きなのはこのバージョン。

 

直訳すると、「怒りをもって振り返るな」という意味になる。その歌詞全てが最高に好きなので全部載せたいけど、我慢してサビだけを紹介したい。もってくれよ、オラのカラダ!

 

So Sally can wait  She knows its too late as were walking on by サリーは待ってくれる 一緒に歩くには遅すぎると彼女は知っているから

Her soul slides away  But dont look back in anger, I heard you say 彼女の心は離れていくけれど、「怒って振り返ることはしないで」と言うのが聞こえたんだ

 

Oasisのほとんどの曲を書いたノエル・ギャラガーいわく、「オレの伝えたいことは、RocknRoll Star(デビューアルバムの一曲)に全部書いてる」らしいので、それ以降の曲にはメッセージなど無いそうだ。この曲にある『サリー』というのも、曲を作っている最中に弟のリアムが聴き間違えたことから生まれたというエピソードもあるので、歌詞にはなんの意味も込めてはいないことがわかる。

 

思うに、意味を探したがるのは、作品を享受する人間の、性だ。もちろん、表現者が、表現ひとつひとつ全てに意味を込めたというのなら別だけど、それはほとんどないんじゃないだろうかと思っている。

 

つまり何が言いたいかというと、意味は探すものではなくて、見出せばいいだけのものじゃないかしら、ということ。「自分にとってはこんな意味がある」と。信頼をよせる誰かが、こんな意味があるのでは?と言ってくれるのを信じてもいいと思うけど、経験や大好きな作品からは、自分で導き出していいと思う。

 

僕にとってこの曲は、非常に意味のある、人生のコンパスになるものだ。僕は何かをもっているわけではないし、何か突き抜けたものがあるわけでもない。恵まれた環境に生まれ、なんとなく生きてきた時間があって、この曲が大好きだった。それからいろんなことがあって、今に至る。

 

めちゃくちゃ腹立つことがあっても、あとになって死ぬほどムカついてきても、あの時間は本当に無駄だったなんて思ってしまっても、もっとこうすることができたはずだなんてあとになって思ってしまっても、怒って振り返ることはしない。前だけを向くなんてこともしない。

 

ちゃんと向き合って、今を生きる。過去を美化しすぎる必要もないし、未来をめちゃくちゃに明るく考える必要だってないかもしれない。今を生きればいい。

 

それが、人それぞれがそれぞれの価値観で生きていくときに、共通して大切なものなんじゃないか、というのが結論だ。なんとも長々と書いてしまった。

 

ところでOasisは、非常にスキャンダラスなグループだった。ちょっとググってみるだけで、出るわ出るわ、ザックザク。数々のエピソードがある。グループの核となるギャラガー兄弟はその伝説の核にもなっていて、兄ノエルがつくる音楽を、弟リアムが気怠そうに歌う姿はグループそのものだった。

 

インタビューとか、コメントとかいろいろとエピソードはあるけど、彼らはほんとに口が悪い。ノエルは最近、来日公演をするときに福岡は好きだと言った。なぜなら都市の名前(FUKUOKA)にFUK(ファック)が入っているからだそうだ。最高だな。

 

そのくせに、なぜこんな優しい曲を書いちゃうんだろう。そこが大好きなんだ。つまりツンデレ、つまりギャップ萌えだ。

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Photo by my friend

この一言に落ち着いてしまってちょっと寂しい。でもまた、なにか書いてみよう。

会社って、仕事って。その②

職場には問題がある。必ず。でもそれは悲しいことではないし、むしろ人間らしい。完璧な人がいないように、完璧な企業はないのだろう。

 

いちばん悲しいのは、同じ問題が”あり続ける”ことだ。これはある尊敬する人の受け売りだけど、

 

「『仕事』は、『自分の能力と、自分の時間で、社会の問題にとりかかり、担当部分を解決し、お金をもらう』こと」

 

だという。全くもってその通りだと思う。同じ問題があり続けるということは、何一つ解決していないということで、つまりは一つの仕事が完遂していないということになる。突き詰めて言うと、お金をもらってはいけないということになってしまう。

 

逆に言えば、自分にはどんな能力があって、どんな問題を解決したいと思うのかを考えれば、自ずとやってみたい仕事は見えてくるのかもしれない。そんな思いで頑張ってみようと思う。

 

さて、その①でまとめた業務の中で、いま致命的な問題が起きてしまっていて、ここではそれをまとめていく。

 

「倉庫②が機能していない」

 

端的に結論を言うと、そういうことだ。具体的な問題としては、

・お客さんに注文された商品が倉庫内から見つけられず、遅延している

・発送したかどうか把握できておらず、二重でお客さんに届いているケースがある

上記の問題があるが故に入荷した商品を計上する時間がなく、いつまでも商品をアップできない。

・倉庫内を整理したいが、社員数が少なく、さらにコンプライアンスの問題で部外者は簡単に出入りできない。

 

このような問題がある。これだけ見れば、倉庫が圧倒的に悪いように見えるが、逆に『ここまでの悪いことが起きることがおかしい』とは思えないだろうか?

そう考えて色々と見ていくと事実は結構、複雑だった。

 

まず、最初に契約していた倉庫がある。これを倉庫①と仮定しよう。問題が表れはじめたのは、こちらで撮影した新規商品が、倉庫①に入庫されているにも関わらず、それが計上されていないことがわかったときだ。次々と新規商品はやってくるが、計上は追いつかない。遅れ続けていた。

 

計上は、単純にそのアイテムがいくつあるかというのをシステムに記録すること。それが追いついていない状態だという。

 

「金を払っているのに、倉庫①は仕事をしていない、職務放棄だ」というのがトップ(A)の言い分だった。ところが、倉庫①の大きさはそれほど大きいものではなく、働いてくださっているのも社員さんだけだと3人ほどしかいない。パートさんは4人ほどいたが、その方々は商品の梱包と発送業務をやってくれている。

そこに何千規模の商品を続けざまに入庫させたとしたらどうなるだろう。追いつかない、というのは理解できるような気がする。

 

『大量』と考えられる商品の到着が事前にわかっていれば対応もいくらかはできるだろうが、残念ながらこちらの従業員ですら事務所にその到着を知るのは到着してから、もしくは良くて2日前くらいなので、倉庫①に伝わっているとは言い難い。であれば、対応が遅延するのは当然とも言える。

 

その状態が続き、トップ(A)はこう判断した。「金を払っているのに仕事放棄するような倉庫①は使い物にならないし、これまでもいろいろと不満があったので移転しよう」

 

そこで頼ったのが、アパレル業界で長年働いていたベテランで、半年ほど前から入社していたBさん。コネクションをたくさん持っていて、以前からAさんと一緒にやろうと話していたらしく、ついにそのときがきたのだった。

Bさんはコネクションの中から、頼れそうな倉庫を探してくれ、その社長との間に入ってAさんに紹介をした。それが倉庫②だ。そしてその段階で在庫管理の部分を任されたのは、元々Fさんと一緒に顧客対応窓口を担当していたGさん。

 

倉庫②で何が起きたかは、先に述べた通り。大変な惨事だった。これを受けて、再度倉庫を移転する話になった。そのときの説明がどんなものだったかは以下の通りだ。

 

「詐欺に合いました。倉庫②の社長には、現在の倉庫①の不満と、こういうシステムを使っていると伝えたところ、『その不満は解消できるし、コストダウンもできる』と言った。忙しい時期ではあったが、それを信じて急いで移転した。そしたら計上はしないし社員は少ないし、手伝いにいくこともできない。しかも最初に聞いていた倉庫とは違う所に行かされた。これは詐欺だ。」

 

録音はしてないので一言一句違うなんてことはないが、主張はこの通りだった。

 

さらに言うと、『契約書を交わしていない』けれど、高額な『違約金みたいなの』は払ったとのこと。

 

さて、冷静に考えてみたい。そして一言言いたい。誰が信じるんだろうか?スッと飲み込むには疑問点があまりにも多くはないだろうか。

 

実際に中にいて、見たり聞いたりして調べたことからこの問題の真実や原因を3つ考えてみた(僕の感じたことも含まれてしまうが)。

 

・想定よりも数段以上、在庫数が多すぎて並大抵の倉庫では処理できない量なのに、最初の段階で正確な情報を伝えていない(撮影の段階で経験済み)。

・金払ってる奴が誰よりも偉いと思ってるから、誰かに丸投げして24時間働かせればいいと言う考え(事実Gさんは死に物狂いでほとんど休みなく働いていた)。

・めんどくさいことは全て丸投げして誰かの責任に。さらには断られないために、人を介したりメールの文面だけで伝えたりする(これ優先でお願いします、だけが基本)。

 

以上である。そして異常である。

 

また、ここでもう一つ加えておきたい。その①でも述べたように、僕はたしかにここで中心的な部分を任され、働いている。こうした問題がある中で、文句や意見をひとつも言わず、従順なイェスマンだったかと言われると全くそうではない。正確には社員にはならなかったし、自分の範囲以外は関わらないようにしつつ、出来る限りのことをしていた感じだけど、むしろ意見しまくった側の人間だ。じゃないと、こんなことをここには書かない。

 

どんな商品がいいか、どんなPR方法がいいか、またはどんな商品ページ、サイトがいいか。かなり提案していた。具体的なサイトを見せ、レイアウトを提案した。

インパクトを変えるため、大胆な撮影をしてみたり、モデルを探してきて紹介したりもした。

在庫管理の部分、また商品入庫の部分での情報伝達があまりに遅いのと不正確なので、事前にわかるようにオーダー表をもらったり、いつ頃入庫してもらう予定なのかを聞いて、事前に準備できるような仕組みを作る提案もした。

そのための動き(その表のサンプルを作ったり、仕組みの共有をしたり)もやってみた。完璧なんてのにはほど遠いし満足もしていないけれど、行動はしたと思う。

 

このとき動いてくれたのは、誰一人としていなかった。「そんなことしたって、何も変わらないよ」ばかりだ。良くて「代わりに言ってもらえて助かる」くらいだろうか。こう言ってはなんだが、お礼の言葉がここまで響かなかったのはめったにない。が、それは別の話。

 

流れ流れて、結果どうなったか。

 

Bさんは全責任を負わされ、退職。独立の道を進んだ。

倉庫は早々に引き払われ、倉庫③に移った(つい先日のこと)。

 

僕も潮時だ。1年、自分なりに行動しまくったのでやりたいことは見えてきている。エンジンをかけよう。

会社って、仕事って。その①

心がけて変われたこと

今の職場になって、仕事のやり方が大きく変わった。狭い範囲で受動的な仕事ばかりしていたけど、それが能動的に変わった。一番ブレーキをかけていたのは環境ではなく自分だったのは間違いない。「うまくやろう」としすぎる自分が強く出てしまっていたことが大きいと思う。それは少し、変わることができた。

 

・うまくやろうとしない

・考える、調べる、やってみる

・言葉にする

 

この3つを常に心がけた。すると文字通り、ガラリと環境は変わった。

 

だが起業したわけではないので、能動的になったとは言っても、限界はある。リーダーの指示があるからだ。また生産関係が存在する以上、能動的な働きが少数になってしまうとこれまた限界があるし、問題も生じてきやすい。ここで、自らの頭の中を整理するためにも、現状を記しておこうと思う。

 

✳︎

業務の流れ

僕が今いるのはネットショップだ。実店舗は持たず、楽天Yahoo!ZOZOTOWNなどのプラットフォームに出店をして販売事業を行なっているタイプ。従業員は10人。事務所で行う作業の流れは以下のようになる。

 

①商談、展示会からバイヤーが商品をセレクト。またはアイテム企画を行なって生産のオーダーをする(AまたはB

 

②商品が事務所に届く

 

③どのメーカーのものか、仕入れ原価、そして販売価格はいくらなのか、カラー展開やサイズ展開はどうなのか、を仕訳する(手書き)(C

 

④仕訳表を元に、SKUのためのコード作成と在庫表登録をする(手作業)出品スケジュールが更新されていく(登録まではG、スケジュール更新はA

 

⑤アイテムのディテール撮影、および着用写真の撮影をする。(僕の仕事のメインはここ。僕とC

 

⑥撮影データをPhotoshopで加工し、アイテムページに載せるデータを作成する(DE

 

⑦各モールに合わせた方法で出品作業を行ない、倉庫にて計上が確認されたら出品する(同上)

 

⑧システム上で注文が確認されたら、手作業でその処理をし、倉庫に発送依頼を出す。その間、問い合わせや返品返金、交換に係る問い合わせ対応も同時進行(基本はFのみだが電話は出られる人が出る)

 

⑨倉庫は注文にある商品をピックアップし、納品書を印刷し、梱包、発送を行う

 

⑩注文確定のメールに続けて、発送完了のメールを送信する(F

 

以上の流れを基本として、繰り返す。

 

この基本的な作業の間で、売れ残っている商品の再撮影や、新色として追加された商品の撮影などがあり、それに伴って出品済みのページの画像変更や追加の作業などを行なっている。

 

ワンシーズン(春夏・秋冬ごと)で入荷する品番は平均すると550ほどで、カラー展開が平均すると6色くらい(基本は3色か4色が多いが、たまに大量カラーがやってくるので)になる。その時点で、撮影する分だけで3000という数字は超えるわけだ。そこに、「在庫を持つ」ということを加えると軽く3倍した数字を叩き出すだろう。

 

そして次に、1日に受注する注文の平均は約200件ほどである。この二つの平均値は次に記載する業務で、当然だが極めて重大な意味を伴ってくる。

 

受注から発送まで

 

注文確定後、システム❶で、(決済でのトラブル等の特殊な場合を除き)『どのモールからどの商品が注文されたか』までがわかる状態になっている。それを見てから該当するモールに行って、お客さん情報をCSVで出して、システム❶に入れる。

 

支払い状態がどうなっているか見て、OKであれば

お客さん情報、商品の在庫最終チェックして、その情報をシステム❷に放り込む。それによって倉庫側が確認できる(週に一回、システム❶と❷の在庫数を合わせるいわゆる「棚卸し」がある。モールに反映されているのはシステム❶の数。その間、どちらのシステムにも触れないように)。

倉庫はそれを見て、納品書、ピッキングシート、発送用伝票の3枚セットを出す。

梱包して、発送!

 

「正確に売り上がる」ためには、システム❷に送られる情報や蓄積されている情報が正確でなければならない。そしてそのシステム❷が正確であるためには倉庫に届いた商品はすぐに計上しなければならないし、その作業こそ正確に行う必要がある。

 

✳︎

 

長々と書くしかなかったけれども、このように、大事な部分ほど、なぜか手作業以外が不可能な仕組みになっている。手作業の多さはこんなものなんだろうか?売り上げを伸ばしている企業がどういった流れで行なっているかが見えないので、そこはわからないが、純粋に手作業多いな、と感じていることは事実だ。

バランス

もちろん、全てを機械化することは現実的に難しいことはわかりきっている。手作業の方がいいこともある。使い古された表現になるが、要はバランスだ。

 

仕分けの部分で言うなら、一日8時間の勤務で終わらないほどの量がある場合、それを行う人数を増やさなければならない。人数を増やすことができないなら量を日毎に割り振っていくか、単純に元の量を減らすか。

 

受注の部分で言うなら、一日8時間の勤務での受注数は調整などできない。むしろ、多い方が良いのは確かだ。売り上げにつながっているのだから。それを「ミスなく」捌ききれるかどうかがカギで、一人では無理になってきているなら人を増やす必要がある。

それに対して、問い合わせ対応の多さは幾ばくかの調整が可能だ。かかってくるタイミング等はもちろん無理だが、その絶対量を減らしていく工夫はできる(もちろんうれしい悲鳴は別)。

 

撮影の部分では、一日8時間の勤務で考えると、ディテール撮影と着用写真の撮影でだいたい5品番を完了させることが可能なので、そのペースを理解した上でスケジューリングが大事になってくる。こいつはカラー数がめちゃくちゃ多いのですぐ終わるアイテムと一緒にする。または同じ展開のものと同じコーディネートにして、時短するなど。

そのスケジューリングためには、入荷の順番を把握している方がきっと楽だ。いつ入荷するのか、ある程度は知っておくと便利だろうと思う。

「この日は10品番やってもらわないと困る」なんてのはナシの方がいい。それが頻繁に起こるようでは、何かがおかしいことのヒントだと考えるべきだ。

 

データ作成と出品は、一日8時間の勤務で言うと現在の体制で5品番が平均して可能で、撮影のスケジュール感覚に近いものがある。商品の見せるべきポイント、推すべきポイントも踏まえつつ作業を行うので、それを撮影チームと共有し、必要なデータが上がってくるようにしておいた方がいい。

ところが撮影の部分と違うのは、その情報の正確性が必要であるために「確認」の作業を伴うことだ。その情報とは、「倉庫にいつ、在庫が入るか」ということがメインになる。それがあやふやだと、いつまでもWebページ上で露出ができない。つまりは販売ができないからだ。

まとめ

作業が止まる事由があると、これらのペースは確実に崩れる。そしてそのペースは、心持ちが楽であるという前提があるべきだと思う。そして心持ちが楽というのは、バランスが取れているということだと思う。

手作業でもシステムを駆使するでも、方法はきっと何でも良いのかもしれないが、大切なのは急がずかといってのんびりしすぎることなく作業することで進んでいくバランスだ。

 

そのバランスは、今、猛烈に崩れている。それを次にまとめていこうと思う。

「裸でも生きる」という、ある女性の覚悟の本。

発展途上国から世界にブランドを打ち出す。

 

「裸でも生きる」というのは最近読んだ本のタイトルで、山口絵理子さんが過ごした学生時代〜バングラデシュというアジア最貧国で起業し、東京は入谷に直営店を出すまでの半生を描いたエッセイだ。現在はその後のお話として、3つ目の本が刊行されている。

 

とにかく、熱量のこもったエッセイ本でなぜか涙が出そうになる。というか出た。全くもって同じ経験がなかったのに、なぜか心の内を代弁してもらっているような感覚になって読んでいて楽しいし悔しいし、いろんな意味で感動してしまった。

 

何度も何度も裏切りに遭い、その度に涙を流して、でも立ち上がる。圧倒的な才能ではなく圧倒的な熱量とそれを後押しする強い決意がこの人を導いたんだろうなと感じられる文章で、ものすごいパワーがあって勇気付けられる。

 

いつもどんな時も、孤独な時間は感情を爆発させることに使って、自分と向き合って自分を信じて、こだわった未来の形に忠実に、そのために必要なことをとにかくやる。簡単に誰にでもできることではないけど、内容は違っても誰にでも到達しうることではある。

 

不安やリスクはこだわりと熱量とともに夢中になることでかき消された。とにかく自分と、自分のやりたいことを信じた。

 

その生き方は本当に立派としか言いようがないし、素晴らしい活動だ。

 

自分はどうだろう。

 

読み終わってパワーに圧倒されたあとは、はっきり言って自分との戦いだった。学生時代は不真面目で、のほほんとしていたタイプのアホだったので学ぶことのありがたさもわかっていなかったし、今だって怪しいところはある。でも感動したのは間違いない。じゃあ果たしてここからこんな風に熱と量を込めて、持続していけるものはあるだろうか、ぬぬぬ…とも考えてしまう。

 

いろんなことが好きなのは事実だ。その分取り組めることも多いということだろう。

趣味は人生の回り道とでも言ってしまえば、僕にはたっぷりと回り道するだけの選択肢があるということなのかもしれない。

また都合の良いことに、センスというやつは知識からやって来るとも言う(確かそんなタイトルの本があった)。

 

それならば。知識をおもちゃとして頭の中のおもちゃ箱に入れて、たくさん遊んでやればいいのだ。それはものによっては積み木であり、パズルかもしれない。組み立てる楽しみもあれば組み立ててこそ真の姿を現すものかもしれない。ものによっては唯一無二の憧れのヒーローかもしれない。

 

 そのあとに、ちゃんと自分と向き合うことを忘れないようにしたい。

一日早くない?て言うか一週間早くない?あれ、一年早くない?

11月だ。

なってこった。もう11月。それも半分を過ぎている。これはどう言うことなのだろうか。

ただ時間が過ぎただけ。

確かにそうだ。しかしながら近頃、どうにも時間の過ぎ方があまりにも早いように思う。

 

気がついたら夜。気がついたら朝。

 

なぜだろう、と理由をちょっと考えてみた。今年は去年よりもたくさんの映画を観ているし、去年よりもたくさんの本を読んでいる。

そう言えば今年の目標は映画を150本観ることで、現在136本だ。

いい映画をたくさん観た。「スモーク」とかほんと最高だった。

「スイート17モンスター」「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」「ベイビードライバー」「トレインスポッティング2」など、音楽が最高に好みの映画も多かった!

 

9月くらいにエンジンがかかったので読書はまだ10冊程度だけど、オードリー若林さんの「社会人大学人見知り学部卒業見込み」は素晴らしかった。笑いも泣きも同じテンションで感じられて、しみじみした。……いいな、ってなるエッセイ本だった。大変におすすめ。

 

去年よりもたくさんの場所へ行ったし、去年よりもたくさんの人に会ってる。写真を撮るために九州一周したり、グアムやハワイにも仕事で行かせてもらった。はじめましてもたくさんあったけど、また会いたいもたくさんあった。

 

その過程で何よりも多いと感じるのは去年よりもたくさん考えていて、たくさん想像力を働かせていることだ。

 

時間は質量はほぼ絶対に変わらないのに濃度はやけに変わりやすいという性質があるから流れが早いと感じるのはそれが理由なんだろうけど、でも時間から勝手に濃密になってくれるわけでもなし、結局はどう過ごしたか、そしてそれをどう捉えているかといったところ。結局それかい、とツッコミたくなる。

 

 

でも早いなと思えていることは良いことなのかもしれない。同時に、今すでにこれだけ早いと感じているのだから、もっと大事にしていかないといけないし、使い方を真剣に考えないといけないなとも思う。俗に言う、タイムマネジメントというやつだ。

 

その点で言えば、どの本を読んでも成功者と呼ばれる人の誰もが朝の時間を大切にしているように思う。運動や読書、そのほか心安らぐように朝の時間を使っているのだ。

 

当たり前かとも思うけど、それを継続できるかは自分次第。ちょっくらやってみようか。それの記録もしていって、継続して、力にしよう。

 

でも映画とかドラマって、夜が深まる分だけ観たくなってしまう。どうしよう。でも、はい、じゃあやってみましょう。笑

継続は力になるからちゃんとしようって話。

今一度気持ちを新たにして、日記がてら継続してブログを書くことにしてみた。内容はきっとこれと言って大したことのない平々凡々な日々が綴られていくだろう。特に描写が上手いわけでもないから、面白かったなあとか楽しかったなあとか、悔しいとかそういった読書感想文にも近いような文章になると予見できている。

 

でも、その瞬間に思ったことを書き出していればきっと後で面白いことになりそうな気がするのだ。と、まあそんな淡すぎる期待を抱きつつ、自分の人生を俯瞰して、読書のように楽しむみたいな意味も込めたそれくらいの気持ちで続けてみたいと思う。

 

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早速だが僕は今、あるアパレル企業で働いている。モデルとして事務所に所属もしているので、基本は出勤としつつ時給換算にしてもらった。何かあっても対応しやすいようにと自分なりに両方にコミットできる方法を考え、交渉した結果だ。

 

それが現在の僕の”働き方”になるわけだけど、それだけでは全てうまく転がるわけはないし、まだまだ何らかのスタート地点に立ててもいない。

 

と言うのも、これは僕の理想の働き方や生き方ではないのだ。ところが理想が何かも特にわかっていないので、心持ちを楽に保てる環境に身を置いて、自分とちゃんと向き合って、自分の生き方を模索する。未熟なくせに会社を飛び出すように辞めた僕にできるのはそれくらいのものだった。それは今もゆっくりと続いている。

 

✳︎

 

思い悩んでいた時に出会った記事で「人から求められるものがあるのは天職だ」と、かっぴーさんという方が語っていた。今やWeb漫画界で飛ぶ鳥を落とす勢いで人気が出ている「左ききのエレン」の作者その人である。

僕はこの言葉が大好きで、とても大切にしている。この言葉のおかげでもう一度モデルとしてやれることをやってみようと思えたし、求められることに純粋に喜びを感じられるようになったからだ。また、物事をシンプルに、かつポジティブに考えられるようになった。

 

例えばオーディションでダメだったとしてもその人の期待値に達する材料を用意できなかっただけだし、自分を使ってもらうことのメリットを考えてそれを表現する服装や応対、BOOKを作っていくしかないだけだ。

 

それは「まだできることがある」ということの証明なのだから、大丈夫。結局、人間今日できたことや今日やったことが全てなのだし、後悔しても仕方ない。大丈夫。勝手に期待されて勝手に失望されても、もうそれは相手だけの物語。大丈夫だ。

 

話は逸れたけれど、こうしたわけで好きなものにできるだけ囲まれた生活をしよう、ということにして今の職場を見つけた。思うことはたくさんあるものの、それはまた別のお話だ。

 

今ここで記録しておきたいのは、「行動すれば何かある」ということ。良いことも悪いことも、行動しないと起こらない。そしてそれは続けないと力にならない。いろんな願望はあるけれど、「僕はこう生きよう」という考えはきっと自分からたくさん行動してたくさん考えないと、刹那的にも出てこないと思うのだ。だから行動しなくてはいけない。そして続けなくてはいけない。

 

この生活になって1年、それなりに行動しまくってようやく見えてきたものがある。それは僕が映画と写真が大好きということ、衝動があるくらい絵を描くことも結構好きなこと、音楽の好みがはっきりしてること、服や様々なデザインにそれなりのこだわりがあること、そしてそれらのために、羽くらいに軽いフットワークを発揮したり時間を忘れて分析したり取り組んだりできることだ。

 

これは僕の武器だと思う。大親友に言われた「物事の問題点や本質を見極めるのが早い」というのも武器としてカウントさせてもらうと、それなりに自分に自信を持てそうな気がする。

 

僕にとっての、若さだけじゃない武器はこれだ。

 

明日も楽しんで、行動しまくってやろう。

SIMフリースマホに変えるまでの2年。

SIMフリースマホに変えました。

 

今年のはじめに、大手キャリアのiPhoneからSIMフリーのスマホに携帯をチェンジしました。

理由は単純明快で、毎月の料金が高いので安くしたかったからです。

一言で済む理由でしたが契約という鎖によって結構面倒なことになり、色々と苦労しましたそれについてはまた別でまとめようと思います。

 

出会い

僕が使っていたのはデカイ画面が話題になったiPhone6plus64GBモデル。

「携帯で映画とか観たい」とかいう、確実に速度制限という名の地獄にいきつく儚い夢を抱きながらチョイスしたのを今でも覚えています。

 

読む気の失せるような文体で、実に多くの制約を事細かに記した契約書にさらりとサインし、手にした新しいiPhone

これでワシも最先端シャレオツデバイスのユーザーや!!と、わけのわからない高揚感をどこからか発生させて鼻息を荒くしておりました。若いですね。

 

しかし振り返ると、彼女と過ごした濃密な2年間がこれからの僕にとって、ものすごく重要じゃないか?と思えたのでここに綴ってみます。

 

初の海外デートはフィリピン。

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まず、変えてすぐに、幸運にも仕事でフィリピンに行くことになり、そこで誕生日を迎えたのでした。いきなりアジアを股にかけるデバイスに!

 

明日を楽しもうぜ!ということで一番高級とされるクラブに連れて行ってもらったんですけど、無表情でテキーラのストックを作り続けるおばちゃんのスピード感が怖かった。「運ぶのも楽だし」とのことで車椅子で移動させてもらうくらいには酔っ払いました。

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見ただけで吐きそう。

次の日ちゃんと起きて二日酔いもなく仕事した自分を褒める。改めてもう一度褒める。

 

年末は、世界一忙しい街ニューヨークで親友と年越しをしたのでした。もうほんと、言葉選びも面倒なほどに寒くて。コタツ×ミカンがいかに優れた組み合わせかと感慨深くなりました。

でもその年は今までにないくらいに暖めの冬だったそうで、僕らが帰国した次の日にはマイナス20くらいになってて戦慄しました。そこまでの備えなかったわ、危ねぇ。

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人生最高の思い出の一つです。

 

卒論もギリギリ。学べることのありがたさもわかってないフザけた不真面目な学生でした。情けない話です。

 

卒業旅行は3カ国をめぐるヨーロッパ旅の予定でしたが、祖父が体調を崩していたので僕は途中でフランスにお見舞いに行かせてもらいました。

「じゃあまたヴェネチアで」

バルセロナで別れ、ヴェネチアで合流しようという世界一洒落た待ち合わせ。

この時点で僕の彼女(iPhoneは世界を股にかけるデバイスになっていました。えっ、ウソ、元からだったの!?自慢の彼女だわ。

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バルセロナは街も文化も天気も飯も最高で、ほんとにオススメです!誰もが楽しめると思います。

 

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ヴェネチアは何もかもが自分の住んでいるところとは違っていて、心地良い迷路の街でした。夜は迷うとお漏らしするレベルで寂しくなるので、文明の利器を使う心構えは必要です。が、美しい、とその一言のお漏らしをしてしまう素敵な場所でしたね。

 

卒業と、研修

 

なんとか無事に卒業して、入社式を迎えて研修を受けて。

行儀よく真面目なんて出来やしなかった。窓ガラスはさすがに割ってません。 

 

全国各地に散らばった同期たちはたくさん病んでいったり悩んだり、なかなかすごかったです。仕事を楽しめない自分、割り切れない自分に気づき始めた僕は少しずつ、不真面目な学生の延長だった足りない頭で

「働くってなんだろう」と考えるようになりました。やっとこさ。

 

特に何も成し遂げてもいないのに「お前は必ずすごい男になる」とものすんごい期待されていたのはありがたい話で、チャンスではあったと思います。

それに応えたいとは思いつつも、「いいからこうやれ、圧をかけろ、しつこさが勝つ」「お前に足りないのは気合」という学名ゴリラゴリラゴリラばりのフィジカルスタイルには根負けしちゃいました。

 

元来そういうことができるタイプじゃない、とやっとそこで気付くわけですね。

 

これを売れと言われているから、これを売れば評価されるから、ヤイヤイ言われなくて済むから。

怒られないように、文句を言われないように。それってどうなの?漠然としている上に生意気な考えかもしれませんけど。

 

そうして行き着いたのが、僕は何がしたいんだ?という疑問でした。

自分で考えて何かに取り組む、ということがない浅くて中途半端な自分がイヤになって、情けなくて涙が出ました。止め処なく。

 

今生の別れ。

 

僕はこういう人生にしたかったはずで、こういうことが大好きだったはずで、こういうことに挑戦したかったはずだ。

思いつくままに書き起こした、決して大きくはない希望や夢の数々が、A4ルーズリーフ一枚の両面を真っ黒にしていました。たった一枚ですけど。

 

そこに、今やっている仕事の中身は一切含まれていません。あれ?

なんてわかりやすいんだろう。…..辞めたい。辞めたほうがいいんじゃないか。僕みたいな中途半端な甘い人間こそ、苦労してしまえばいいんじゃないかしら。

 

色々考えながらも、うじうじして2年目を迎えてしまった折に、父からメールが入りました。

「おじいちゃんが最期の瞬間を迎えようとしているから、もしよかったら電話してあげてほしい」

実は同時期、またも大きく体調を崩したということで、父は弟妹とともに祖父の元に駆けつけていたんですね。まさに最期の報せでした。

 

「おじいちゃん、僕は弱い。あなたのように強くて素敵で、愛情を示せる人になりたい」

 

耳元に響く呼吸器の音を聞きながら、嗚咽交じりにそれだけ電話で伝えました。国境を越えて離れて暮らしていたので、おじいちゃん子ということもなかったし、たくさんのことを語り合えたわけでもないんですけど、それでも記憶にあるあの人は、ジョークと旅と芸術が大好きで、いつでも笑っている素敵なおじいちゃんでした。

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葬式にはバカンス休暇を消化する形で行け、と言ってきたオフィスで、追い討ちでいただいたこの一言は忘れようもありません。

「じいさんと思い出あんのか?」

なんでそう言いたくなるのかはわからなくもないのですが、結構辛かったなあ。

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それから程なくして、もう一人、本当にお世話になってばかりだった方が亡くなりました。祖父と同じ病気で。

若輩者で何にもない僕をいい子だと、素敵だと褒めてくれて、価値あるものを教えてくれて、楽しむってこういうことと体現してみせ、人生を笑って生きた人でした。

 

お世話にしかなっていない人が意外な形で、あっ、とも言えない間に、居なくなるんですよね。

最後にありがとうって言ったのいつだっけ?と思ってLINEを開くと、その人らしいなって感じるようなキラキラした元気な絵文字と

相変わらずな砕けた文体が並んでいるんです。

 

「こんにちは!お元気ですか?最近お会いできてなくて寂しいです。またみなさんでご飯行きましょう」

返事どころか既読すらつかないのはわかってて、それが怖くて送れませんでした。

 

この二人に胸を張れる生き方してるか?

 

してない、と胸を張って言えた。そんな生き方してない。何をしていこう、何をすればいいんだろう。

それすらわからなかったんですが、とりあえず好きなこと、好きなものを並べていって、心持ちを楽にできる場所をまずは探そう、ということにしました。

それが今いる場所です。iPhone6plusとの付き合いはここでちょうど2年。

正しいかはわかりません。給料は良くないですし、不便なことの方が多いです。会社というのもまた一人の人間のようにいろんな表情があるので、今は今でいろんな問題があります。

 

ですが、「学んでみたい」「知りたい」「もっとこうしたい」そう思うことを毎日継続して取り組めているので、毎日の出来事が”良い巡り”が来ているように捉えることができています。まあ、ただの勘違いかもしれないんですけどね。

 

明日は何をしようか。自分で考えて、自分でちゃんと今を生きる。言葉にするとちゃっちいですけど、それがこの2年を振り返って思えたことでした。

 

明日も楽しんでいきましょ。

いい言葉を教えてあげよう、為せば成る、何事も。"You know, if you put your mind to it, you could accomplish anything."

僕は、映画が大好きだ!!

胸を張って言えることの一つ。

 

ブログを始めるにあたって、どんなことを書いていこうかとあれこれ考えているうちに軽く1ヶ月は経っちゃったのですが、「まずは簡単な挨拶や自己紹介をしてみましょう」と心優しい一言が記事作成ページ右上にあったので、まずはそこから。

 

大事な一行目がいきなりキモい一言から始まりましたが、自分はどんな人間だろうかと考えた時、この一言は外せないので最初に断っておきました。

 

さて。

歳は24、大阪生まれ大阪育ち、仕事はファッションECサイトの商品ページ作成や撮影、時折被写体、なんてことも。

本気で遊んでることが仕事になるような生き方がしたいと思いながら過ごしています。

良くいる若輩者です。加えて絶賛人生迷い中なので、"全米が泣いた"くらい良くいそうなレベルに自動繰り上げ。

 

とまあ、いろいろと無様な僕ですが、毎日目まぐるしい中で振り返る何かがあればいいなと思い、いろんな感情の記録として当ブログを始めることにしました。

継続しろよ、自分。

為せば成る、何事も。

これはマイベストムービー"Back to the future"に登場する屈指の名言の一つで

ドクがマーティーに、マーティーが若き日のジョージに、ジェニファーがマーティーに、映画の中で何度も登場します。

僕が何かに迷った時、いつも思い出す一節。これがまたいい言葉なんですよね。

 

努力は必ず報われるとか頑張れば絶対成功するとかっていう、やたらと希望に満ち溢れたことではなく

「やってみれば何かあるさ、良いことも悪いことも」という、ライトなようで確信を突いているところが最高に好きです。

 

まあ受け取り方次第なところはあるんでしょうけど、僕の心を埋め尽くした大切な言葉の一つになってます。

当ブログも同じような理由で始まりましたね。やってみるか、って。

 

本当に好きなものには好きな理由が出てこない。だから続くのだ、とかなんとか。

 

時間と膀胱の許す限り映画やドラマを観て思考を巡らせたいタイプの僕ですが、その理由は謎です。不思議なことに。

言わずと知れた名作"Back to the future"に心奪われてからというもの、未だにその不思議の中に吸い込まれたまま、今日に至ります。

 

これは同じ考えの人の方が多いでしょうし、「謎は謎のままにしておいた方が良いこともある」と怪盗キッドも言ってますから、良いやろとか思ってます。はい。

 

マーティとドク、若き日のジョージ。それぞれの小さな勇気の連続が織りなす物語のように、小さな勇気と成功・失敗を積み重ねていこう。

まずはその小さな一歩のための一本でした。

 

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