Scrambled Egg

Kenzoです。映画、音楽、写真、旅が大好きな25歳。なんやかんやと記録していきます。

人生のテーマソングに思うこと

Oasisというイギリスのロックバンドがいる。知らない人の方が少ないくらい有名な伝説のバンドだからいちいち言う必要もないけど、その音楽がもたらした影響はものすごい。

どれだけすごいか、というのは上手い人に任せたいし、できるならその人と飲みにいきたい。とりあえずこの場は、その魅力は筆舌に尽くしがたいというワードで逃げ惑うことにする。

 

とにかく偉大なのだ。

 

当然ながらイギリスの偉大なロックバンドと聞くと、まずThe Beatlesの名が挙がるだろう。The Beatlesももちろん大好きだ。いちばん好きなアルバムはRubber Soulだったりする。

 

Love me doとか、I saw her standing thereとか、素敵な女の子への淡くポップな心を歌う好青年だった彼らは、短いバンド期間の中で大人になり、Let it beとか、The Long And Winding Roadという物悲しい現実を背負いながら歩く心を歌った。

 

どの曲も素晴らしく、今でも新しく、燦然と輝いている。現在25歳の僕でも、父と何度も一緒に聴いたものだ。こうして音楽は語り継がれていくんだろうなと思う。

 

めちゃくちゃ当たり前のことだけど、なにかがはじまったら、そのなにかは確実に終わる。終わったら、その次のなにかがはじまる。物語にはいつか終わりがくる。人はいつか死んでしまうのだ。

 

あれだけ偉大だったThe Beatlesも音楽を作り出せなくなってしまった。Oasisも、Oasisとしてはもう音楽を作り出そうとはしていない。

 

ゆるやかに、時に駆け足で終わりへと向かっていく流れの中で、大切なことはたくさんある。人生を例にしてみると、家族や友達、仕事とか心とか、いっぱいある。価値観はそれぞれ違うけれど、大切だなと思うものは、人それぞれなにかしらあるはずだ。

 

そんな中でも、共通して大切なことはなにかあるだろうか、というところを最近考えてみた。何の変哲もない、何の持ち合わせもない一青年が、突然考えた。意味不明である。たぶん僕はアホなのだと思うが、ちょっとだけ聞いてみていただきたい。

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Photo by me

人は生まれたときから、心の中で一曲の音楽が流れている、という話がある。人の心の中なので聴こえようもなく、それが現代に存在しているものなのかどうかもわからない。愚かものには見えない服なのですと騙されてしまった裸の王様の話が思い出されそうだが、自分の中にはどんな音楽が流れているのかと考えるとちょっと面白いなとも思う。そしてここで思ったことがある。

人生にはテーマソングがあって、それによって彩られる映画なんだな、ということだ。単純に僕が映画が大好きというのが理由の9割9分9厘だけど(オイ)。

 

そのテーマソングは自分で選ぶことになるし、その映画のストーリーも主演も監督もぜんぶ自分だ。ぜんぶ自分でつくりあげる。人生はぜんぶ自分でつくりあげるものだ。

 

だからテーマソングを聞けば、その人の物語を想像することができると思う。そのテーマソングをエンディングに流せるように、人は生きていくのだ。

 

僕の人生のテーマソングは、Oasisの『Dont Look Back In Anger』という曲だ。The Beatlesのメンバーの一人、40歳という若さで凶弾に倒れたジョン・レノンの言葉や、彼の名曲『Imagine』のメロディーをイントロに引用した、Oasisのいちばんの代表曲とも言える一曲である。それがどれだけ世界の人に愛されているかは、筆舌に尽くしがたいというワードで逃げ惑う必要は今回はない。イギリスの国歌だとも言われるほどだと言えば、少しは伝わることと思う。でも同じく好きな人がいたら、飲みにいきたい。

 


Noel Gallagher - Emotional version of Dont Look Back in Anger - Live

 

一番好きなのはこのバージョン。

 

直訳すると、「怒りをもって振り返るな」という意味になる。その歌詞全てが最高に好きなので全部載せたいけど、我慢してサビだけを紹介したい。もってくれよ、オラのカラダ!

 

So Sally can wait  She knows its too late as were walking on by サリーは待ってくれる 一緒に歩くには遅すぎると彼女は知っているから

Her soul slides away  But dont look back in anger, I heard you say 彼女の心は離れていくけれど、「怒って振り返ることはしないで」と言うのが聞こえたんだ

 

Oasisのほとんどの曲を書いたノエル・ギャラガーいわく、「オレの伝えたいことは、RocknRoll Star(デビューアルバムの一曲)に全部書いてる」らしいので、それ以降の曲にはメッセージなど無いそうだ。この曲にある『サリー』というのも、曲を作っている最中に弟のリアムが聴き間違えたことから生まれたというエピソードもあるので、歌詞にはなんの意味も込めてはいないことがわかる。

 

思うに、意味を探したがるのは、作品を享受する人間の、性だ。もちろん、表現者が、表現ひとつひとつ全てに意味を込めたというのなら別だけど、それはほとんどないんじゃないだろうかと思っている。

 

つまり何が言いたいかというと、意味は探すものではなくて、見出せばいいだけのものじゃないかしら、ということ。「自分にとってはこんな意味がある」と。信頼をよせる誰かが、こんな意味があるのでは?と言ってくれるのを信じてもいいと思うけど、経験や大好きな作品からは、自分で導き出していいと思う。

 

僕にとってこの曲は、非常に意味のある、人生のコンパスになるものだ。僕は何かをもっているわけではないし、何か突き抜けたものがあるわけでもない。恵まれた環境に生まれ、なんとなく生きてきた時間があって、この曲が大好きだった。それからいろんなことがあって、今に至る。

 

めちゃくちゃ腹立つことがあっても、あとになって死ぬほどムカついてきても、あの時間は本当に無駄だったなんて思ってしまっても、もっとこうすることができたはずだなんてあとになって思ってしまっても、怒って振り返ることはしない。前だけを向くなんてこともしない。

 

ちゃんと向き合って、今を生きる。過去を美化しすぎる必要もないし、未来をめちゃくちゃに明るく考える必要だってないかもしれない。今を生きればいい。

 

それが、人それぞれがそれぞれの価値観で生きていくときに、共通して大切なものなんじゃないか、というのが結論だ。なんとも長々と書いてしまった。

 

ところでOasisは、非常にスキャンダラスなグループだった。ちょっとググってみるだけで、出るわ出るわ、ザックザク。数々のエピソードがある。グループの核となるギャラガー兄弟はその伝説の核にもなっていて、兄ノエルがつくる音楽を、弟リアムが気怠そうに歌う姿はグループそのものだった。

 

インタビューとか、コメントとかいろいろとエピソードはあるけど、彼らはほんとに口が悪い。ノエルは最近、来日公演をするときに福岡は好きだと言った。なぜなら都市の名前(FUKUOKA)にFUK(ファック)が入っているからだそうだ。最高だな。

 

そのくせに、なぜこんな優しい曲を書いちゃうんだろう。そこが大好きなんだ。つまりツンデレ、つまりギャップ萌えだ。

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Photo by my friend

この一言に落ち着いてしまってちょっと寂しい。でもまた、なにか書いてみよう。